瞑想教室 report

Member_report_03

欲しいのは共感


 

ホームのコンサート

慰問コンサートで老人ホームを尋ねた。

すでにホールには100人程のお年寄りと、10人ほどの職員が集まっており、日課のリハビリの曲を歌っていた。

その日は11月の誕生会でもあり、司会役のお兄さんはマイクを持って張り切っていた。他の職員達もタンバリンを鳴らしながらノリノリだ。職員全員が20歳代の若者。しかし、それに合わせて手を打っているのは数人のお年寄りだけ。他の人たちの意識は、そこにあるような、無いような。聞いてもらえるだろうか…、そんな思いが脳裏をかすめる。


司会のお兄さんは、突然大きな声で私の名を呼び、私をステージに招いてくれた。私は深く呼吸をして気を引き締め、ステージに上がった。スポットライトを浴びて高揚したお兄さんが話す私の紹介をしばらく聞く。丁寧な話は続いた。じっと立っているだけでは、集中がとぎれそうになるので、会場を見回すことにした。観客の様子をうかがうことで、集中を持続させようとしたのだ。

おしっこもれる〜

そこで改めて目にする光景に、私は困惑した。
あるお爺さんは、口を半開きにしてあらぬ方向を見つめ、ぴくりとも動かない。
「おしっこもれる〜、だれかきて〜」と、叫びつづけている 車椅子のおばあさん。
可愛い女性スタッフを捕まえて、放そうとしないお爺さん。


そう、お兄さんの熱弁は、ほとんどの老人の耳を素通りしている様子。
しかし、そんなことにはおかまい無しに、こぶしを握りしめたお兄さんの弾丸トークはさらに高みへと到達していく。
私は車椅子のお婆さんが本当に漏らしはしないかと、気がきでない。

マイク争奪戦

7割が痴呆で、普通の対話が困難、と聞かされ覚悟はしていたものの…さて、どうやって切り抜けよう。
私は「こちらで進めさせてもらいます」と、お兄さんの持つマイクに手を掛けた。しかし、しゃべり続けようとするお兄さんは、手に力を込め、なかなか放そうとしない。私だって放さない。


スタッフとお年寄りの気持ちがそろわないまま、演奏に入るのは嫌だったので、私が話すことで曲の導入を少しでもスムーズにしたいと考えたのだ。だが、やはり力では勝てない。そこで私は発声練習をするように、ゆっくりと大きな声で、「こちらで進めさせていただきいます」と腹の底から声をしぼり出した。
お兄さんは一瞬眉間にしわを寄せたあと、しぶしぶマイクを手放した。
本当にしぶしぶだった。

季節の曲

まず、演奏する曲のイメージに添った話から始めることにした。秋や春をテーマに昔を思い出してもらうのは、私なりに痴呆改善の手助けに…、と考えたからだった。


「秋、と言えば何を思い出しますか? 紅葉、木の実、どんぐり。みなさんどうでしょう?」
「どんぐり」、一人のお婆さんが答えた。
「はい、どんぐり。子供の頃よく遊びましたね」
「ふん ふん」とみんな。
「ではみなさん。秋の風景を想像しながら、『里の秋』を聞いて下さい」
…パチ パチ、とタイミングのずれた拍手を聞いた後、深呼吸をし、曲の持つ世界をイメージして、オカリナに息を吹きこむ。


「次は『春の小川』です。春と言えば?」
「ぬくい」、一人のお爺さんが身を乗り出して言った。
「はい。春は暖かくていいですね。私も大好きです」
みんなが「ふん ふん」とうなずく。
「季節の中で、春が好きな人〜」
「はぁ〜い」ほぼ全員が手を挙げた。

誘導瞑想を試みる

進行に伴い、好き勝手にしていた人達は、椅子に座って話を聞き始めたのだ。その様子を感じながら、これはいけるのでは? と思い、今度は誘導瞑想を試みることにした。


「次は『みかんの花咲く丘』です。みかんと言えば、今のみかんは甘いですが、昔のみかんはすっぱくなかったですか? 子供の頃に食べたみかんの味、覚えていますか?」
「すっぱい」、また別のお爺さんが答えた。
みんなもしきりにうなずいている。
すると別のお婆さん、「コタツで食べた」
みんなも「ふん ふん」とうなずく。


よし、つかみは成功だ。
「コタツでみかん。いいですね。では少しの間、目を閉じて味を思い出しましょう。はい目を閉じて〜」
 皆は私の顔を見ながら、「ふん ふん」とうなずいた。
あれ? 眼をつむらない…?
「はい目を閉じましょうね〜」
「ふん ふん」とうなずいてはくれる。
しばらく待った…
しかし、私たちは静かに見つめ合ったままだった。

心の対話を楽しんでいる?

「人は他人の言葉を聞いているようで、実は言葉の裏の“想い”を感じ取っている」と昔、先生から言われたことがこのとき頭をよぎった。


どうやら皆は、私と心の対話を楽しんでいたようだった。
私はそのまま続けた。
「はい。目を閉じて想像してみて下さいね(誰も閉じていない)。ここにみかんが一つあります。想像するんですよ〜。次に皮をむきます。むけたかな〜。では一袋手にとってお口に入れてください。どうですか、どんな味がお口に広がりますか〜」
「ふん ふん」とみんなうなずく。
「甘くてすっぱい香りがお口に広がりましたか?」
「ふん ふん」
その時、中央に座るお婆さんが「はいはい」と手招きした。私はステージから下り、手を伸ばして、その人に「はい」とマイクを向けた。
「あもうて、すっぱい」
「…よかったですね。皆さんはどうですか。お口に甘酸っぱい味が広がった人」
「は〜い」
「つばが出た人」
「は〜い」
「すっぱいものを想像しただけでつばが出ますよね。悲しいときには涙が出ます。うれしいときには微笑みが。これが生きてるってことですね。すばらしいですね。本当によかったですねぇ」

 何がよかったのか、訳の分からない話をしているうちに、プログラムは終盤まで来た。

心が一つに

そこで、私はある試みを思いついた。
その日の選曲は、「お年寄りの知っている童謡を」と、事前にリクエストされていた。
しかしそのとき私は少し冒険して、大空にゆったりと雲が流れるイメージを持つヒーリング・ミュージックを吹くことにした。


まず自然の景色を思い出し、心を曲にチューニングする。水辺で遊んだこと、木に登ったことなどを思い出すと、穏やかな気持ちになる。つぎにその体験に感謝しながら曲を吹く。するとオカリナの音色は、ホールを振るわせながら、私の心を宙に舞い上がらせてくれる。心は風に乗り、雲となり、安らかに空を漂う。

そこにいた若い職員も、お年寄りも、厨房のおばさんたちも手を止めて、みんな静かに耳を傾けてくれた。
次第に皆の心が一つに重なり合っていくのを感じた。

共感それは…

 終了後、職員の教育係のAさんは、「今日のように全員がイスに座り集中して話を聞く光景を見たのは、ホーム始まって以来です」と喜んでくれた。
私もまた、嬉しかった。

言葉を超えた想いを伝え、そして受け止めてもらえたからだ。
言い換えれば、同じ世界を共有できた喜びかもしれない。「共感」それは人が真に求めるものの原点では…という思いがそのとき私の中をよぎった。貴重な体験をさせてくれたホームや、演奏を薦めてくれた友人に感謝を感じて、ホームを後にした。

若者なりに精一杯しているのだけれど…
痴呆になっても、子ども扱いされるのを拒まれるし、親切も押しつけになると反発されます。その対応は、介護する側に「人間の尊厳とは?」と課題を突きつけるのでしょう。
まずは共感からですね。Sada. 


ボイジャーエクセルプロテウス(瞑想マシン)瞑想CD

Copyright 2004 Sada Consciousness Laboratory ; 瞑想で願いを叶えよう!意識と瞑想
意識と瞑想Home 
       Members_report_03