瞑想瞑想 report

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「〜なさい!」と育てたら


 

野球教室へ通っている息子を迎えに行った三月のある晩のことです。夜10時を回ったころ、いつものように練習を終えた息子が出入り口から表れました。彼は車に乗り込むなり突然「お母さん、四月から野球教室どうしようかな…」と話しかけてきたのです。彼は春から受験生です。


「うーん…そうやねぇ」
勉強を優先させて、と考えたのですが、そのとき先生から「子どものことを、お母さんが決めすぎ、このままでは考えない子に…」と、何度も言われている言葉が頭をよぎりました。
「塾との兼ね合いを考えて、太一君が決めればいいと思うよ。今決めなくても様子を見ながらでもいいんだし」
“私の人生経験から得た最善のアドバイス”を、という思いをガマンして、ここは息子に決めることを学ばせなければ、と思ったのです。が…
「でも僕、自分で決められへん。この教室には未練があるし、塾も大事やし、ムリや」
「そんなことないよ。太一君は自分で決められるよ」
「そんなことない! 僕は自分で決められへん人間になってしもたんや」
「いつから?」
 まるで嫌な物だけが詰まったパンドラの箱を開けるかのように、恐る恐る聞いてみました。


「幼稚園のころかなー。なんか買おうと思っても、お母さんが後ろから『よう考えや。こっちもええで、あっちもええで、でも太一くんこれもええんと違うか』って色々言うてきたんや。それで僕はお母さんの意見を聞いてるうちに、どれが自分でもええと思てんのか分からんようになったんや。ほんでお母さんの決めたのに僕が反対しても、どうせ聞いてくれへんし、だから言うのがめんどくさくなったんや。それで自分で考えるより、お母さんに聞いてしまうようになったんや」

 私はハンドルを持ちながら、自負の念というより、ハンマーで頭をガンと殴られたような衝撃を受けました。「ごめん」では済まされない過ちを、突きつけられ瞬間でした。

「そうか、そやなー、その通りや…ごめんな。悪い事してしもたなぁ。佐田センセに随分注意されて、お母さんも直す努力はしてきたつもりやったんやけど、自覚し始めたのはなんせここ二、三年のことやからなー」
私は深くため息をつき、肩を落としました。


「そない気にせんでええよ。最近のお母さんは、昔みたいなことはないんやから」
 私が自分の非を認めたとたん、彼の口調は急に柔らかくなりました。
「これからは太一君のすることに、こうした方がいいよって、言い過ぎてたら教えてね」
「それは難しいなー。今となっては僕もハッキリわからんし…」
「でも、言って!」
彼は私の勢いに押され、取りあえず返事をしました。
「分かった」
「それでね、お母さんはお母さんで努力するから、悪いけどあんたもそこを直してくれる?」
「えぇ〜、それは無理や。今からやったら直らへん。お母さんの言うとおりしてるほうが考えんでイイから楽やし」
「そんなことない。直る! 直さんとあんたが損をする。世の中にはなぁ『お母ちゃんが悪い、だから僕はこうなってしまった! 人生うまくいかんのは、お母ちゃんの責任や!』そうやって念仏を唱えてるヤツ、何処にでもおるやろ?」


 彼は私の話に耳を傾けだしました。
「お母ちゃんが悪いのは事実や。で、そこから先、どうするかや。ずっと他人のせいにして不幸を選ぶか、改善して幸せになっていくか、どっちかや。こんなこと言うたら、責任転化してるように聞こえるかも知れへんけど、どれだけ完璧な親の下に生まれても、影響は受けてしまう。でも、それを乗り越えんと、いつまでも親の人生を生きることになる。大切なんは自分がどういう生き方をしたいかや。それができたら、まあ外れることは無いと思わへんか?」

 と言うような話から、私の経験談や、瞑想教室の話もしました。
 それなりに納得してくれたのでしょう、息子は自分から改善方法を聞いてきたのです。 私は、「考えずに従うだけの自分」になっている時は早く気づいて、「自分はどうしたいのか?」と自問することと、「私は幸せに生きる」などいくつかの祈りのアファメーションと祈るコツを教えました。


息子はそれからすぐに、家庭教師、野球教室を辞めることを自ら選択しました。それも「僕が自分で言うから」と、今までになかった発言です。 しばらく立った今では、そのときのことをもう忘れているでしょうが、問題が起こったとき、時々ですが一旦立ち止まって考えている息子を見るようになりました。


本人が特定できないよう事実と異なる教室、名前です。

「考えない大人にこうしてなる」という失敗例にならずに良かったですね。ほんと崖っぷちでした。Akita,Ringoさんは、「過干渉」という言葉は知っていても、それが自分とは思わないので苦労しました。あの、サリバン先生でも閉口したのではないでしょうか。

「過干渉・過剰しつけ」の自覚のない親は、「失敗しないように」と常に先回りしています。ですから子は、日常生活の範囲内では、ほとんど失敗しません。また、「失敗しないように」と教育されているので、子は失敗を極度に恐れるようになっていきます。成長期に、失敗から学ぶ機会を奪われると、「行動しないのに、やたら自信だけあって、自分はやればできる!」と、いつまでも言い続けてる「夢に浸って現実を逃避し、夢に依存する大人」になる傾向が出ます。

子どもへの過干渉によるしつけ過剰は、下記のような現代病(としても過言ではないでしょう)を生みます。
切れやすい
(親がうるさいので切れる)
他人の話を聞かない
(親がうるさいので、自衛策として親の話を聞かなくなる。それが、他人の話も同様に聞かなくなる精神構造をつくる。)
指示されないと動かない
(親の過干渉により、自分では何もできない子どもになる。しかし当然うるさい親へは反発する。その結果「ダルイ・めんどくさい」が口癖の何もしたがらない性格になりやすい。)

厳しい意見ですが、多数を見てきて、「指示されないと動かない」までなれば、大人になってから変わるのはほとんど無理のように思います。…というのは、成長期に考える訓練を阻害されてきたため、脳の前頭葉の発達が十分ではないからです。そのため「気づけば変わる」という単純な性質ではないのです。変わるとすれば、「脳のトレーニングを続ける、親元から離れる」しかないでしょう。

過干渉しつけ過剰の親に育てらた者が、仕事でも上手に手を抜くようになっているのを多く見ます。仕事を任せられないように「忙しそうなポーズ」を演出する姿もよく見られます。彼・彼女らは、その理由を聞くと「めんどくさいから」と答えます。
そのようになると、「目標を持っているように見えても、実際には努力せず、夢という感傷的な言葉にすがって生きる大人」になりやすいのは前述の通り。それが嫌なら行動するか。それとも、あきらめて不満を言わず、与えられた仕事をこなすか。どちらかに決めればいいのですが、なかなか決めきられないような大人へ…(そうなると「自分探し」がキーワードになるようです)。一人っ子が増え、情報過多になり、完璧な子育てを求める社会的風潮が過干渉の弊害を増やすのでしょう。

Akita,Ringoさんには、10年近く言い続けてきて、「多分直さないだろうなぁ…」と思い、何度も何度も挫折しかかった私ですが、倦まずあきらめずに言い続けてきて良かったです。きっと私にサリバン先生のご加護があったのでしょう。私からみると、「過干渉・過剰しつけ」はあらゆる場面で目につきますが、ご本人が「自分は過干渉が多い」と気づいただけでも、スゴイ進歩…と、思いたいです。ご自分と同類の母親に育てられたAkita,Ringoさんは、まず自らの前頭葉を鍛えましょうね。sada  


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