瞑想教室 report

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駆け込み寺


 
瞑想会では、「人間の葛藤を、小説仕立てで書く」という宿題を出しました。その提出作品です。

出陣

さゆりが高級ブティックで先週買ったばかりのベージュのカシミヤコートをはおり、コートの裾をひるがえして、いつもより明るい笑顔で車に乗り込んできた。今日の浩輝は、運転手兼ベビーシッターとして、女王に変身した鬼嫁を駅まで送っていくのだ。

さゆりが駅前のロータリーで車から降り、「バイバイ行って来るね!」という顔には、ほんのわずかな罪悪感と、子どもから解放されるひと時の期待と喜びが表れていた。

浩輝もまた笑顔で「楽しんできてね!」とは言ったものの そんな本音は、わずかしかなかった。


今日は、毎月3日間もある母の日。つまり幼稚園のお母さん達との飲み会だ。元横綱の経営するちゃんこ鍋屋で、高級井戸端会議をする。ちゃんこ屋では、若いホスト風の男の子が、給仕してくれるという。


浩輝は、利香(2歳)と裕馬(4歳)を車に押し込み、暗くならないうちに公園で遊ばせたいと、焦り気味にアクセルをふかし、中央環状を駆け抜けた。


公園の駆け引き

公園が見えてくると、車中から子ども2人の視線は、ブランコと滑り台に向き、浩輝の目線は、砂場の白いダウンを着た美形のセレブ系のお母さんに素早くロックオンしていた。

浩輝は子ども達に「砂場で遊ぼうか」と無意識に声をかけていた。
が、すでに子ども達は、砂場と反対のスベリ台へ走っていった後だった。裕馬も大人になれば父親と同じようになるのだろうか…走っていく裕馬の背中を見ながら浩輝は思った。
子どもも大人も、公園に来る楽しみはそれぞれだ。

子ども達が公園で遊び始めたとき、浩輝の気持ちは、目をキラキラさせながら楽しむ彼らを見て満足だった。しかし真冬の夕暮れの風は、頬を突き刺すように痛い。楽しい偶然も起こらなかった今となっては、浩輝の気持ちはもう帰りたい気分に変わっていた。

浩輝は帰りたくない子どもの気持ちはわかっているので、「もう帰ろうか…」と遠慮気味に子ども達に声をかける。


浩輝は、児童教育の仕事に携わり、母親向けセミナーで、「子どもの立場に立つ」という教育理想論を提唱している。このときの浩輝は、「少し久しぶりの公園だし、顔が見えなくなるまで遊んでもいいか…」という父親の寛容さと、「もう寒いし、公園を去り食事に行きたい」という自身の欲求との間、どこで折り合いをつけるか気をもんでいた。


お互いの顔もはっきり輪郭が見えなくなる程暗くなってきた。
浩輝が「さー回転寿司へ行こう!」と言うと、素直に「そうだね。」と返事が返ってきた。 交渉がうまくいった! 浩輝は胸をなでおろした。

子どもは、「回転寿司」というほかの楽しみに気持ちが移ったのか?
浩輝は、やっと自分の思いが通ったのと、暖かいところへ行けるという安心感と、子どもがダダをこねなかった安堵感と、子ども達の思いを汲み、自由に遊ばせた満足感があった。浩輝は、「他にこんないい父親が居るのだろうか」と、ひとりごちていた。


「じゃー、そろそろ」
と言うものの懸命に遊ぶ子ども達の反応はない。さっきの聞き分けのよい返事はなんだったのだろう。さては、いったん親を安心させておいて、遊ぶ時間を延長する作戦だったのか?
「おいしいお寿司食べにいこうか。何が食べたい?」
質問形で声をかけたにもかかわらず、子ども達からの返事は帰ってこない。

子ども達は、鼻水をたらし、霜焼けで皮膚がこわばったような冷たい手で、冷えた鉄製の鎖を握り締めブランコの大きな揺れを楽しんでいる。 
楽しむことに夢中で、手や顔、冷たい所になど意識が行かず、寒いからいやだ、と不快にも思わないのだろう。 

そういえばつるつるした滑り台で下からてっぺんまで上りやすいように靴下までも脱いでいた。このくそ寒いのに…
子ども達は、「楽しむ専門家」なのかも知れない。
大人で「楽しむ専門家」は…と考え、いやいや、こんな人はめったにいない、と浩輝は思い直した。



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