意識と瞑想

 ■瞑想の技能_02

今に集中



集中力の持続する人、しない人

瞑想中に集中力の持続する人、とぎれる人、それぞれ傾向がある。
方法論を述べる前に、その差を見てみよう。

日常の物忘れ

あなたは、外出の最中に、「鍵をかけただろうか?」と考えたり、昨日の夕飯の献立を思い出そうとしても、なかなか思い出せなかったことはなかっただろうか?

高齢者でもないのに、日常の出来事をあまり憶えていない、という経験だ。

長年、多くの人に瞑想を教えていて気づいたのは、このように「高齢でもないのに、直前の出来事をよく忘れる人」と、「瞑想中に集中力が続かない人」が、ほとんど一致していたことだった。

しかし、ほとんど一致していたと言っても、不思議なことに、「夕飯を思い出せない人」は、圧倒的に男性が多かった。
逆に女性では、瞑想時に集中できない人でも、「昨日の献立」だけは、間違いなく憶えていたのだ。


「夕飯」に関しての記憶で、性差が出るのはなぜだろう?
そのコントラストに、「瞑想時の集中に関する答えがある」、と私は考えた。

今に集中していない

賢明な方なら、もうおわかりだろう。
現在の平均的な家庭では、男が仕事・女は家事をする比率が多い。そのため、女性は献立を考え、食事を作る。しかし男は食べるだけ。よって女性は、自ら作った献立を忘れることは少ない。

また男性は、食事に集中し、味わって食べることも少ない。食事中の考えごとも多い。TV・新聞を見ての、「…ながら癖」が付いている男性もいる。それで、より献立の記憶が残らない。

ここでは、「何かの最中(ここでは食事中)に、他のことを考える癖」、が身に付いてしまうと、それ(献立)を後で思い出せない、ということが理解できる。

その「今に集中できない心の癖」は、食事中に限らず、あらゆるところに顔を出す。
家の鍵をかけるときに、他のことを考えている。
他人から頼まれ事を聞いたとき、別のことを思っていたので、後で思い出せない。
授業や会議中、他のことを考えてしまい、集中できない。
それら「今に集中できない心の癖」は、当然、瞑想中にも現れる。

つまりこれが「雑念」の正体だ。

正体がわかれば、対処すればよい。このとき、古くさい精神論を持ち出すのは、時間の無駄だ。瞑想時の集中力を強化したいなら、日常で雑念の多い心のあり方を修正していけばよい。

日常行為の儀式化

一週間ほど、日常行為を儀式化してみよう。
「鍵を閉める」を例にとれば、行動に合わせて心の中で「今、鍵穴にキーを指しこむ…。回す…。抜き取る…」というように、自分の行動を第三者になりきって、実況中継していく。

食事時なら、舌に乗ったときの感覚、歯触り、味が口に広がる感覚など、一流のコックが自分の料理を確かめるように確かめ、かつ「おいしい」という心地よさを反芻してみる。

慣れないうちは、「儀式」の最中に、「他のことを考えてしまう癖」がよく顔を出すだろう。
そのときは、
「あ、雑念が出た…。よし、今に集中!」
と、気合いを入れ、リトライする。これを続ける。

最初は、通勤・通学・買い物などのルーティン作業の時に実行すれば、「日常行為の儀式化」に専念しやすい。

続ければ、日常的に自分の心の動きを、観察できるようになってくる。例を挙げれば、「自分は他人のどんな態度に腹を立てているのか?」という「感情の動き」や、また、前方から嫌な人が近づいてきて、視界に入った場合、「 “相手を気づいていない” ように振る舞い、相手との接触を避けている」など、「周囲の変化に反応する自分の無意識」が見えるようになってくる。

最初は時間を決めて、「集中の訓練」と割り切って、できるだけ日常行為の中で、今に集中するように心がけてほしい。


自己を鳥瞰、俯瞰できるようになればしめたもの。そうなれば瞑想の最中でも、今に集中できているはず。

2005年7月7日 佐田弘幸



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